さっちゃん
さっちゃんはいつもひとりぼっち。クラスの誰とも話そうとしません。
そんなさっちゃんのことが私は心配でたまりませんでした。
ある日、さっちゃんが教室に一人で座っているのをみはからって、そっと声をかけてみました。
「ねえ、さっちゃん」私はさっちゃんの隣に腰かけました。「さっちゃんは、どうしてみんなとお話をしないの?」
するとさっちゃんは、顔を赤らめてうつむいてしまいました。
「よかったら、先生だけに話してくれない?」
さっちゃんは、ますますうつむくばかり。気の毒なくらい真っ赤になっています。
ながい沈黙がつづきました。やっぱり無理なのかしら。極端に無口な子をしゃべらそうとしても、逆効果なのかもしれないわ。
そう思ったとき、さっちゃんの口から、聞こえるか聞こえないかのような声が、漏れました。
「だって」
私はどきっとしました。さっちゃんの声を聞くことなど、これまでほとんどなかったからです。蚊の鳴くような声で、はいと返事するのを聞いたことがあるだけでした。そのさっちゃんが今、はじめて自分の意思で口を開いたのです。
「だって?」
せかさないように注意しながら、私はたずねました。するとさっちゃんは、か細い声ながら、はっきりと、こう答えたのです。
「くさいんだもん」
「くさいって、なにが?」
「お口が・・・」
私は雷に打たれたような気がしました。
そうか、そうだったのか。さっちゃんは、自分の口臭が気になって、人前で堂々と話すことができなかったのです。本当は、みんなと楽しくおしゃべりをしたいのに、嫌われるのではないかと、いつもびくびくしていたのでしょう。かわいそうに・・・。
こまかく震えるさっちゃんの背中にそっと私は手を置きました。
「さっちゃん、よく話してくれたわね。先生とてもうれしいわ」
さっちゃんは、堰をきったように泣きだしてしまいました。本当に気の毒になって、私も涙ぐみながら言いました。
「くさいなんて、誰が言ったの。いま先生とお話ししているけど、ちっともくさくなんかないわよ」
これは本当でした。でも、さっちゃんは「うそよ」と歯をくいしばります。誰かにひどい言い方をされて、傷ついたのだろう。
こんなに苦しんでいるというのに、意地悪な子供がいるものです。
「うそじゃないわ。さっちゃんが、そう思いこんでいるだけなのよ」
さっちゃんは、激しく首を横にふります。私は必死で説得しようとしました。
「それにね、たとえ口臭があったとしても、ちゃんとした歯みがきの習慣さえつければ、さっちゃんのお口は臭わなくなるの。だから、気にすることなんて全然ないのよ」
とつぜん、嗚咽していたさっちゃんの肩が、ぴたりと止まりました。私は思わずさっちゃんの背中から手を離しました。するとさっちゃんは、うつむいたまま、消え入りそうな声でつぶやいたのです。
「ちがうの――」
私はさっちゃんの真意をはかりかねて、たずねました。「ちがうって、なにが?」
さっちゃんは私の方を向きなおり、泣き顔をゆがめてこう言いました。
「くさいのはみんなの方よ。あたし、嗅覚が普通の人間の一万倍あるの」