赤い蛇
「赤い蛇」(1983 日野日出志著)
「地獄変」が個人的な怨念を普遍的な恐怖に結晶させた傑作だとすれば、「赤い蛇」は幼年期の無限地獄を刻印した狂気の力作だと言えよう。終わりのない悪夢的シークエンスが、恐るべきテンションを維持したままラストまで疾走する。とりわけジジイのコブの描写の汚さが圧巻で、血膿を噴き出すコブの禍々しさは、「オリオンの星」で喜三郎少年(後の出口王仁三郎)が額のコブに鎌をあててサクッと切り落とすシーンと同じぐらいトラウマ力がある。これらは笑うしかない悪趣味ギャグであると同時に、悪夢の原風景のようなやるせなさに満ちている。田舎の旧家で生まれ育った人間なら同じ感覚をおぼえると思うが、この作品に描かれている日本的な恐怖はとても切実で恐ろしい。かつて私の生家の裏に曾祖母が晩年を過ごして息をひきとった廃屋があり、子供の頃によくオバケ屋敷と称してその内部を探検したが、当時すでに築百年以上経過していたその廃屋は竹やぶと合体してわけのわからぬ状態になっていた。黴と土埃の充満した空気を吸い込み、曾祖母の視線を気にしながら腐った畳を土足で踏みしめ、やがて朽ち果てた箪笥の奥に病気で寝ている見知らぬ女性のモノクロ写真(カメラ目線)を見つけて震え上がったのを思い出した。そんな幼年期のいまわしい思い出がよみがえり鬱々と沈み込んだ夏の日の午後。★★