サクリファイス
「だが先生は暗すぎます」「暗いとはどういう意味だね」「物事を考えすぎるんです。ないものねだりしていなさる」
「サクリファイス(OFFRET/THE SACRIFICE)」(1986 瑞・仏 アンドレイ・タルコフスキー監督)上映時間 149分
涙と欠伸なしには観られないタルコフスキーの遺作。この作品に充満している諦念にも似た静かな祈りは、まさにタルコの遺言と呼ぶにふさわしい。開始早々30分にわたって延々と繰り広げられる確信犯的な長回しとお経のような主人公の繰り言。そしてさらに1時間30分かけて延々つづく不毛な対話。そしてさらに30分かけてつづく家屋の炎上。露骨なまでに真摯な独白を主人公に吐露させる一方で、静謐を極めた映像フェチズムと倒錯した廃墟趣味を遺憾なく発揮し、水浸しの床にばらまいた詩的オブジェを踏みしめ、水たまりをのぞきこんでは世界を浄化したいと痛ましく呟きつづける。まさに、ないものねだりのクレクレタルコ。祈りの無力さに打ちひしがれながらもなお、何かを祈らずにはいられない。言葉の空しさを知りながらも言葉を放棄することができない。タルコ映画が苦悩に満ちた巡礼者の様相を呈するのは、板ばさみのなかでなお窒息せずに世界の変化を待っているからだろう。かくして稀代の変態詩人の魂は、絶望的なまでの祈りのなか永遠の眠りに就いたのであった。ありがとう、おやすみタルコ。★★