曼陀羅
「雪の降るその幻の景色の中で君は意識を失いたいそうやが、そのことはまさに、その幻が君のエロチシズムの対象に他ならないことを示しているんや」
「そこでは一切言葉がないゆえに、真にエロチックなんや、ということを悟ったんや。始めに言葉ありき。エロチシズムの世界ではそれはまったくの嘘だと知った」
「俺はな、ここのユートピアに本質的な限界を見るんや。それは何かというと、しょせん中心人物のカリスマ性に依存しないと成立しいひんのがユートピアだってことや。そいつは一種の宗教と言い換えてもいいんやけど、原始共産社会にしろ君たちのユートピアにしろ、ついに宗教的なるもののくびきから脱し得ない。しかし永久革命者の考える途方もない未来の社会では、ついにこのカリスマ、宗教的なるものからも脱却しているのや」
「高度の管理社会、そんなものは今の日本でも擬似的にやっているよ。あっちこっちカリスマ様の大跋扈やないか。しかも未来を信じ、時間に頼り切っているはなはだ現実的な程度の低いカリスマ様がね」
「曼陀羅」(1971 日 実相寺昭雄監督)135分
うひゃひゃひゃひゃ!これ最高。「農業とエロチシズム」という惹句がおもしろすぎるので借りたのだが、じつにATGらしい傑作だった。延々くり広げられる観念くさい議論、炸裂する淫靡な死の哲学、鮮烈きわまる農耕シーン、そしてひょろひょろと陰鬱に鳴り響くパイプオルガンの音色。流麗な映像のうちに信仰という名の倒錯が浮かび上がり、共同体幻想のまぬけな正体が暴き出されていく。単純再生産のユートピアという声高に掲げた理想と双曲線のウサンクササが実に素晴らしい。大上段で振りかざした議論のひとつひとつはもっともらしく興味深いのに、導き出された結論は男根崇拝、屍姦プレイ、シャーマニズム、八百万神のアニミズムという脱力ぶり。議論の合間に農務、農務の合間に強姦、強姦の合間に盆踊り(笑)、と実に忙しいのだが、要するになんだかんだで偶像やカリスマを擁するあからさまな擬似宗教に短絡していくのである。思想と名のつくもの一切はこのようなバカバカしさと隣り合わせなのであり、脳内で都合よく組み立てた理論に現実をあてはめつつ、ハズれた部分を必死で補完するための健気な作業に他ならない。それだけに彼らが築き上げた《祝祭》幻想がコッパ微塵に粉砕されるシーンは見事なカタルシスである。昨今の帰農ブームや狂信集団のうすら寒いギャグを先取りした感もあるが、マンソンファミリーやオ○ムのようなコミューンがたどった運命を思えば、これはあらかじめ崩壊を約束された予定調和の物語と言うべきだろう。そして主人公の青年が半ば放心とともに吐き出した謎めいた透視図も同様にうさんくさい暗示に満ちている。★★