幻の湖
「幻の湖」(1982 日 橋本忍監督)164分 6300円 日本語字幕あり
観たことはないが「砂の器」「八甲田山」に続く橋本プロ第3作目にして、邦画が誇る珍作として名高い作品である。確かにわけがわからない映画だが、個人的にはおもしろく観た。哲学性、叙情性、冗長性、サスペンス、不可解なラスト、いずれをとっても独創的であり、目を見張るようなギリギリの情熱でもって、人間存在の深奥を静かに問うてくる。問いっぱなしなのが味噌だが、少なくとも真剣なものを感じたし、観終わったあと不思議な感慨に包まれるのは確かだ。本編の半分近くを占めるであろうジョギングシーンを退屈に思う人がいるかもしれないが、それは道子の情熱のスピードに追いついていないだけであり、ツギハギだらけの日本の道路を元気いっぱい疾駆するシロの愛くるしさと、南條玲子たんの太腿や胸元からこぼれる放埓なエロスに導かれるまま、深く静かに燃え上がる道子の怨念にいつしか我々自身が同化していることに気づく(犯人と重なるシロの姿に不覚にも涙してしまった)。時代劇のくだりはさすがに愛想がつきかけたが、やがて訪れるラストの変転を補足するためには不可欠なシーンであることに気づく。合理的な説明は一切施されない。小出しにされる伏線はどれひとつ回収されぬまま、最後まで宙吊りの状態が保持され、やがてそれは空前絶後の宇宙的飛躍となって突如我々の眼前に立ちはだかる。轟音とともに遠い世界へ飛び立つシーン、あれはさすがにギャグかもしれないが、周到な配慮に基づくギャグであろう。一様等方向のコスモスで、狂気と紙一重のきわどい情熱は空回りしたまま空中分解、四散した夢のかけらがめくるめくカオスの渦となって観るものをのみこむ。このラストの混乱は恐らく作り手の混乱をそのまま表しており、構想が膨らみすぎて収拾がつかなくなったというのが真相かもしれない。が、それはアタマで物語を読み解くことに囚われた不幸な魂たちの無粋きわまる勘ぐりである。真摯に空回った作り手の情熱に下卑た笑いを浮かべる資格など誰にもないのだ。本作はお世辞にも傑作とは呼べないが、人々の記憶に忘れがたい刻印を遺す作品であるとともに、偶然性に依拠し冗長性をドラマに読み替える卑怯なドキュメンタリーとは次元を異にする優れたフィクションでもある。「びわ湖毎日マラソン」などよりよほどおもしろい。★1/2