mute ミュート
HERE IN EARTH
WE DO PREPARE
A PLACE TO LAY
OUR LITTLE CLAIRE
「mute ミュート(SOFT FOR DIGGING)」(2001 米 J・T・ペティ監督)75分
ジジイ版「不思議の国のアリス」のような導入がいい。飼い猫を追ってフラフラとジジイが足を踏み入れた不気味の国の世界。人里離れたボロ小屋に住む猫と老人という設定からしてシュールだ。長袖シャツとモモヒキの上に赤ガウンというジジイのいでたちが可愛い。新聞や人形といった一見平凡なオブジェが異界との接点になっている。非生物は呪術的なシンボルに変わり、目に見えない悪意を胚胎し始める。物語の構造そのものはきわめてシンプル。ジジイの幻視をノイズまじりのフラッシュバックでみせる程度でこと足りる。寡黙に徹した長回しが退屈でないのは、細部まで適切な工夫がほどこされているからだろう。説明的なセリフや描写が極端に排除されたぶん、各シーンは却って饒舌に語り始めるのだ。小道具に対するフェティッシュな接写、孤児院の陰鬱な外観(窓に貼りついた小さな人影がコワイ)、長い廊下の先に亡霊を追跡するシーンの無機的な美しさ。それらが、枯れた色調の映像や物悲しい音楽、寒空や冬枯れの森に抱かれた寂れたロケーションとあいまって、白昼夢のようなリアリティを作品に与えている。ラストも洒落ている。ジジイの精神の崩壊を暗示するような描写だが、見ている側も現実との回路を遮断され、ジジイ同様に放り出される感じ。予定調和的な落としどころがないので奇妙な余韻を引く。昨今のジェットコースター式のエンタメホラーとは一線を画しているだけに評価は分かれるかもしれないが、「セッション9」あたりが好きな人なら観て損はないと思う。★★