りんご
「りんご(SIB)」(1998 イラン・仏・蘭 サミラ・マフマルバフ監督/モフセン・マフマルバフ脚本)
モフセン・マフマルバフが娘サミラの撮り溜めた映像をみずから編集したもの。双子の姉妹が両親によって11年間も世間から隔離されていたという実際の事件に取材し、脇役も含めて当事者をそのまま演者に起用したという異色作であるが、わざとらしさや嫌らしさをまるで感じない。事件そのものが悪意に根ざしたものではないという事実や、極悪人が登場しないイラン映画的な世界観が根底にあるとは言え、ジャーナリズムの餌食となりかねない主題が陰惨でなくむしろユーモラスにさえ感じられるのは、淡々とした擬似ドキュメンタリー的な手法によって押し付けがましさや主張めいたものを周到に排除しているためでもあるだろう。ここで重要なのは施しにより生計を立てているという一家の貧困ぶり。画になる貧困というか、詩情へと昇華し得る悲惨さである。四六時中チャドルで覆面したまま悪態をつく盲目の母親のホラーそのもののルックス、パンと氷をもってウロウロし神様オタスケくださいと嘆く父親の姿も滑稽なまでに気の毒で笑える。一方、社会性をほとんどもたない姉妹の無邪気というか抜けたような言動はごく自然で可愛らしく、当事者が素人としての本人自身を演じるという演出は必然的であることがわかる。もし芸達者なプロ子役が「迫真の演技」などをやらかしていたら目も当てられないところだ。こうして姉妹が外界と接触し啓かれていく様が、手鏡やりんごといったシンボリックな小道具を巧妙に配しつつ、みずみずしい映像美とユーモアとともに綴られていく。一家と周囲を結びつける触媒となるりんごの詩的イメージが鮮烈きわまる。それらはあたかも映像そのもので語られた啓示のようである。★★