狼の太陽
『狼の太陽(SOLEIL DES LOUPS)』(1951 仏 アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ著/生田耕作訳)
よくは知らないが『黒い美術館』に続くマンディアルグの第二短編集だそうである。ピカソ画伯の表紙絵がカワイイ。正直拷問のような内容だったが、どうにか読了したので、以下あらすじと感想。
「考古学者(L' archéologue)」
大きく開かれた彼らののどはいっせいに彼にたいする果てしない憎悪の叫びである鳴き声を放っている。《夜に逆らう》―そんなふうに彼には聞こえるように思える、そして彼は涎の法廷によって自分が告発されているような気がする。
(あらすじ)病気の妻を放置して海で遊んでいたコンラッド・ミュールは、その帰りみち、妻に似た裸の大女とガマの群れに遭遇する。大女が棒切れを振るとガマの群れがいっせいに跳びかかってきた。
(感想)「吸血の群れ」とかカエル好きにはこたえられない死に方。
「小さな戦士(Clorinde)」
(あらすじ)きみは森のなかで小人の美少女戦士をみつけた。裸にして、ちょっと目を離した隙にウグイスにもっていかれた。
(感想)惜しいことをしましたね。
「赤いパン(Le pain rouge)」
いじけたものや、もぞもぞうごめくものを眺めると、思わず手が延びて、いわゆる《むしけら》どもをわけもなく殺めてしまう、例の本能的動作で、俺は小虫のうちの一匹を赤いパンの上に指先でひねり潰した。
(あらすじ)
俺は赤く光るパンについているシラミをみつけたのでつぶそうとしたが、刺されて体がものすごく縮んでしまった。小人になった俺はパンの中でシラミを追いかけたり肥満した少女にいたぶられたりしたあげく、ミツバチに処刑された。
(感想)たいへんな目に遭いましたね。
「女子学生(L' etudiante)」
両眼は、かたつむりみたいに眼窩の外へとび出し、二本の長い肉の茎のかたちで床まで垂れ下がっている。一人の少年が奏でるフルートの音にあやつられて、その茎は頭をもたげ、ぶらぶら揺れながら愚鈍そうな乾いた目つきで彼女を見つめる、その目つきからすぐさま彼女は、誘拐者からなにも聞かされなくとも、これこそはついにめぐりあった彼女が終始おびえつつ待ちうけていた《夫の父親》の視線に他ならないことを察しとる
(あらすじ)古本好きの女子学生マリー・モールの家に行くと、ベランダにハトの化け物がいた。ハトが羽をパタパタすると古本屋やら地下室の幻視が現れ、最後にマリー・モールをトンネルのなかに吸い込んだ。
(感想)もっとえろい話かと思ったが、なんのこっちゃの極地。つまんなくはないが。
「断崖のオペラ(L' opera des falaises)」
「勇敢に、そのころより、雷を征服せんと、嵐に刃向かい凧を上げた。」「ただしその糸には、雨に打たれる少女の髪をしばりつけた。」
(あらすじ)オペラをやるので観に来いと言われてイダリウム船長は女について行ったが、案内されたのはゴミためのような場所だった。そこで船長はテノールのアザラシに過去の行状をあげつらわれて笑いものにされた。
(感想)いけすかない野郎がどうぶつに弾劾される場面を想像するだけでわくわくしますね。
「生首(La vision capitale)」
きたならしい遊戯ははたと止まり、あたしは見たのです、男女の別も、年齢もわからぬ、人間のすがたというよりも、地下墓地で拾った頭蓋骨に近い顔の中の、ものすごい二つの目が、あたしの上にすえられるのを。
(あらすじ)大雨の日、あたしはニワトリの仮装をして舞踏会に出かけたが、日を間違えていた。むりやり泊めてもらった部屋には生首をもったきちがいが隠れていた。それ以来あたしはお風呂に入らなくなりました。
(感想)もっとも小説らしく、文体も簡潔で読みやすい。わりとポピュラーな怪談が元になっているらしい。
【総評】
とにかく読みにくい。収録された六本の短編は一話一話は短いのに、一文一文が装飾過多で偏執狂的に長く、おまけに読点の位置がおかしいなどひねくれた構文が多用されており、解読するのに一苦労。一般的に翻訳モノが読みにくい原因としては、1.作者が悪い、2.訳者が悪い、3.読者が悪い、のいずれかまたはその複合(第よんの可能性として誤植など出版物自体が悪い場合もあるがまあ無視できるレベルであると考えられるので特に考慮しない)と考えられるわけだが、おそらく本書の場合1.と2.が原因だろう。原文のニュアンスにこだわる訳出法は必然的に直訳調になり、擬人法や受動態が多用される。結果、修飾句が入れ子式になった長文、括弧で括らないと修飾関係や並列関係が視覚的にとらえがたい長文が羅列されるという明らかな悪文になる(たとえば「その中に収められた身の毛もよだつ蝋の彫刻を神父が私たちに見せつけたあのケース」みたいに関係代名詞を明示的に訳出すると、指示語が先に倒置される形になるので、その中ってどの中だ?ということになる)。で、悪文であるということを差し引けば、おおむね主人公が虐待されたり不条理な死を遂げたりする幻想譚なのでそこそこ楽しめる。以前訳者の生田さんが言っていた「少女陵辱」という印象は薄いが、動物が狂言回しとして登場するのは特有の妄執のようで面白い。★1/2