砂の器
「砂の器」(1974 日 野村芳太郎監督/松本清張原作)143分
日本映画が誇る傑作として名高い作品ですが、正直、前半の1時間40分がサッパリ面白くありません。登場人物が多すぎるうえ説明的な台詞だらけ、頻繁な場面転換と刑事二人の大根演技も気になります。しかし後半の40分は完全に別物。ここだけ観れば確かに傑作で、正直前半は要らないんじゃないかと思うほどです。なかでも乞食遍路の受難を描いたシーンは鮮烈ですね。映画史上もっとも美しい乞食シーンのひとつと言えるでしょう。民家の前で鈴を鳴らしては追い払われる親子の姿に涙しつつ、クソガキどもが親子を迫害するシーンではともに乞食をはやしたて、乞食の子がオマワリさんに反撃するシーンではともに棒を振りあげ殴りかかる。それぞれ感情移入せずにはいられない見事な描写です。台詞なしの情景描写と感傷的な音楽、そして子役の鬼気迫る表情とエレ○ァントマンのような父親の容姿、これだけで親子の無念さが痛いほど伝わってくるのです。回想とコンサートと真相解明が同時進行するクライマックスも、カットバックが少々うるさくはありますが、なかなかドラマティックで魅了されました。デ・パルマならスローモーションと3分割画面で表現するかもしれませんが、さすがにそれではわけがわからないでしょうね。で、どこかで観たような話だなーと思ったらまさに逆「鬼畜」。「鬼畜」は疑いようのない傑作ですが、ちょうどあの構造を裏返しにした、かわいそうな人の話の典型なんですね。この世には決して救うことのできない魂もあるのだ!という人間の哀しい宿命を知り尽くした松本清張ならではのドラマで、清張先生の手のひら、いや下クチビルの上で思うままに転がされた気分です。あと、昔の映画の良いところのひとつは、配役がぜんぜん知らない人だったり、知っていても容姿がほぼ別人だったり、あるいは既にお亡くなりになっていたりするという点ですが、その点この映画は合格です。フィクションといえどもおなじみの役者がへらへら出てくるとシラけてしまいますからね。もうひとつは映像が鮮明すぎないという点です。デジタル技術が進歩しすぎた現代ではこんな枯れた味わいの映像は逆立ちしたって再現できないでしょう。同時代性を感じさせない出演陣と発色の悪い映像のもたらす彼岸感こそが、銀幕の向こうの異空間へとわたくしどもを誘(いざな)うのです。NHKの朝ドラも少しはみならってほしいものですね!★1/2