ヒポクラテスたち
「ヒポクラテスたち」(1980 日 大森一樹監督)206分
「しかし、この無関心の壁の彼方で、突然不安の波が、非現実の不安が、私をぞっとさせることがありました。私の外界に対する感覚の異常さのために、事物の奇異な感覚が強くなるように思われました。沈黙と無限の中で、物体はナイフで切り離されたように、虚無と無限の中でばらばらになり、他のものからも引き離されてしまいました。環境との何らの関係もなしに、ただ物体がそれ自身であることにより、それらは新たに存在し始めるのでした。それは、そこに存在し、私に向かい合っており、私を怖がらせました。」『分裂病の少女の手記』(M.セシュエー著)
いしょ 1ねん1くみ たなけかん
なんか死んだ人が一杯出てるぞ、この映画!
まあそれはそれとして大森監督(よく知らん)が医大での経験をもとに作った映画。なんかいろいろ病んでるようだが、それもひっくるめて青春だ、といったところだろうか。しかし、最後に○○は死にました、××はどうしました、というテロップを流すパターンってどうも好きになれんな。観てきたものがすべて回想であることを否応なく強調されるからである。死ぬのは別にかまわんのだが、中途半端に生き延びるやつがいるから困る。全員死んでこそ物語は完結するのである。基本的に回顧された青春ほど不愉快なものはない。なぜならそれは記憶そのものだから。抹殺することも葬り去ることもできない死体。遠ざかるほどに追いすがり、突き放してもなおしなだれかかる幽霊。永遠に完結しない悪夢なのである。ノスタルジーなどという甘っちょろいものではない。青春は暗いものだ、と安吾(誰じゃ)は言った。その意味で、主人公の死をもって完結する「野獣死すべし」はわたくしにとって最高の青春映画なのである。★