秒速5センチメートル
「秒速5センチメートル(A Chain of Short Stories about Their Distance)」(2007 日 新海誠監督)60分
純愛症候群 メンヘル小学校1ねん鬱ぐみ 涼宮リスカ
《すれ違う少年少女の思い》を映像化することに異常な執念を燃やす新海誠のハイパーおセンチ連作短編アニメーション。
(月)「桜花抄」
隔てられた時間と距離の中で散り行く桜の花びらの落下速度。コイツラのこの1ミリのためらいもない見事な純情っぷりはなんなんだろうと思う。わたくしにはメソメソとすすり泣くアカリの声が栃木のうんこ色の雪空に消えていくように感じました。
(火)コスモナウト
種子島という土地柄のせいか、カブにまたがる女子高生やヨーグルッペという商品名にレトロな手触りを残す。風にひらめく女子高生のスカートのエロティカルな動きがすばらしい。わたくしにはカナエの届かない思いがロケットと一緒に種子島の歯茎色の夕空に打ち上げられているように感じました。
(水)秒速5センチメートル
3話すべてが同じ主人公であることにやっと気づきました。
(総評)
例によってエセ文学調の陰鬱なナレーションと感傷的なピアノのBGMに彩られた新海誠ワールド。「ほしのこえ」に比べると映像技術は格段に向上しているし、特典映像を見ると少数のスタッフがPhotoshopとか使って頭がハゲそうな緻密な作業をこなしているのもわかる。だがこの圧倒的な虚しさは何であろう。うざいまでにこだわった美術のディテールとは裏腹に、ここには暴力も修羅場もうんこも性描写も一切登場しない。そこに一貫して描かれるのは嘘のように綺麗な景色と嘘のように純情な少年少女の思いである。悪く言えば軟弱、もっと悪く言えば近視眼的で閉鎖的で都合よく美化(デフォルメ)された庶民の幻想だ。のっぺらぼうの画面の空疎な美しさが却って虚無感を強調する。平穏無事を求める庶民どものしょぼい祈りやどうでもいい夢を全力で踏みにじることに吝かでないわたくしとしてはアホカとの思いを禁じえない。もちろん庶民のお気楽な日常だけでは話にならないので、そこにある種の陰翳が付加される。純愛型「ひげき」のできあがりである。虚と実の間の真空地帯を描きだすのがアニメーションの本来の役割とはいえ、妙な生々しさと空々しさが同居したちぐはぐな絵柄と物語にけつがむずがゆくなるのを禁じえなかった。常にどこか遠くとなんだかよくわからない悲しみを見つめている少年。その目には恐らく何も映っていないであろう。少年の中身はがらんどうだからです。覗き込めば怖ろしいまでの空漠とした宇宙空間が広がって無数の星がまたたいている。からっぽの少年の瞳に吸い込まれた観客たちは、秒速5センチメンタルの体感速度で宇宙を落下し、過去を思い出しながらスローモーションのようにゆっくりと地上に叩きつけられる。それが平成というハゲかかった時代の顱頂部へのエルボースマッシュとなることも知らずに。★