Grand-Guignol K.K.K

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スメルアート、あるいはうんこ色のファシズム

公共の場でマスクもせずに無遠慮に咳を連発するやつがいるが、こういう手合いに限って花粉症の季節になった途端マスクをつける。あいつらはとことん身勝手だからな。だからマスクをしているやつを見ると反射的に殺意をおぼえる。マスクをしていないやつはなおさらだ。
だいたい人間というのは咳とか屁とか煙とか二酸化炭素とか、ほんとうにろくなものを出さない。最近つくづく思うのは、みんな意外と口が臭いということだ。事実を告げたらショックを受けるだろうから敢えて指摘しませんでしたが、ここは全国のよい子ちゃんを代表ちてわたくしが指摘しなければなりません。みなさんは無自覚かつ積極的に音や臭いや煙やウイルスを撒き散らす「歩く公害」です。
先日も電車に乗った瞬間、「くさっ!」とわたくしは思いました。へのような薬品のようなわけのわからない香りが車内に充満していました。ところが周りの乗客ときたら、なにごともないかのように平然と座っているではありませんか。気づかぬふりをしているのか嗅覚が麻痺しているのかわかりませんが、ともかくあまり声高に事実を指摘してはいけない空気をわたくしは感じ取り、おとなしく着席しました。不思議なもので、言ってはいけないと思うとますます気になる。えらそうに股を開いてがははと笑っているおっさんがいるので犯人はこいつかもしれない。あるいは賢そうに見せるため赤いフレームのめがねをかけたあのOLかもしれない。はたまたテロの可能性もある。車内のどこかでうんこが蜷局を巻いているのかもしれない。リアルうんこテロ・・・。
ついに我慢しきれなくなったわたくしは立ち上がり、「おいおいおっかしなスメルがしてるぞ! なんだこの屁と食い物と庶民が入りまじったような臭いは! なめとんのか! ははあん、そこで顔を真っ赤にしてうつむいている一見賢そうなオフィスレヂイ、犯人はおまえだな! さっきからひそかに公共の場に解き放った屁の香りを懸命に吸い込み証拠隠滅を図ろうとしているおまえのおろかなたくらみ、このわたくしがしかと見届けたぞ!」と叫びたかったができませんでした。
このように公共の場での匂いに関するトラブルは後を絶ちません。しかしながらくさいからと言って排除するだけで果たしてよいのでしょうか。くさいもの汚いものを追放しうわべだけ清潔さにあふれた社会が果たして正常と言えるのでしょうか。むしろくさいものにフタをする精神が無用な偏見を生み出し、過剰に美と清潔さを求める不健全な信仰を醸成しているのではないでしょうか。いい匂い悪い匂いといういいかげんな分類に騙されてはいけません。香水も度を過ぎれば異臭だし、くさいものも嗅ぎ続ければ病み付きになります。イヌやネコはくさいものを積極的に嗅ぎます。くさいものは人を惹き付けるからです。ならばいっそのことすべての香りは藝術だと思い込めばいいのではないのでしょうか。初春の山に立ちのぼる香気。タンスから下ろしたての喪服の香り。雨が侵入して蒸れた靴の香り。電車のなかで居眠りしてもたれかかってきたオッサンの整髪料の香り。雨上がりの路上でずるむけになったカエルの香り。夏の日の河原でふみつぶされたザリガニの腐った香り。練習を終えた剣道部員たちの脱ぎたての胴衣の香り。蒸し暑い夏の日の男子更衣室にたちこめた不思議な香り。考え方を変えれば、この世のスメルはすべてアート。陰鬱な屁の香りに導かれたその先に暗澹たるエロスの華が咲き誇る。大事なのは寛容さと少しの勇気、そして慣れ(鈍感さ)です。これを機にみなさんもご自身のスメルを積極的に吸い込んでみてはいかがでしょうか。
電車を降りしなにゲロの跡を見つけて、犯人はこいつかと気づきました。