いけん2
電車の5人掛けシートにデブが座っていると迷惑である。本来5人が座れるはずのシートは必然的に4人しか座れなくなり、しかも5人で座るよりもゆったり目になるため、5人がけのシートを4人が余裕こいて座っているように見えてしまうのだ。とくに満員電車の場合、なんとも気まずい感じになる。おまけに当のデブはのんきそうに口をあけて寝ていたりするからよけい腹立たしい。しかしいちばん困るのは、わたくしの隣に座っている女性がわたくしとの間に不自然に距離を置いたりする場合だ。本人はおそらく「5人掛けシートを4人で占有しているように見られるのは不本意である。よってわたくしは隣のかっこいいオッサンとの間に一定の間隔を空けることによって、占有の意志がないことを対外的に示したい。仮に5人目がこの隙間にむりやり座ってきてきゅうくつな思いをしたとしても、それはすべてあの口をあけて寝ているデブがわるいのであって、うらむならあのデブをうらむべきである」などと思っているのだろうが、もちろんそんな中途半端な隙間に割り込んでくるやつはまずいない。それどころか傍目からすると二人の間に生じた不自然な空間は女性からわたくしへの「コイツの隣に座るのはイヤダ」的な意思表示ととらえられ、まるでわたくしが女性に同席を拒まれているきもちわるひ男であるかのごとく見られてしまうのである。品行方正、慇懃無礼をもって鳴るこのわたくしがだ。たった一匹のデブのせいで! などとうらみがましく思考していると、くだんの女性は「いま、隣のかっこいいオッサンがわたくしの方を怪訝そうにちらと盗み見たが、まさかわたくしがさきほどひそかに屁をこいたのがばれたのだろうか。否。確かにわたくしはさきほどひそかに屁をこきましたが、通常ありえないほど上手にすかすことができたため、よもや音が他人に漏れ聞こえたとは考えにくい。ならばなぜこのかっこいいオッサンはわたくしを見つめるのか。もしや、恋か?」などとあらぬ嫌疑をかけられたりする羽目になる。以上の論考により、デブが迷惑であるという命題が論理的に証明された。