Grand-Guignol K.K.K

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発狂童話


フルメタこじき 1ねん1くみ 新倉イワオ

あれは果たして本当にあった出来事なのでしょうか。それともつかのまの午睡に見たとりとめのない夢の一部だったのでしょうか。
今となっては定かではありません。確かなのは、その日を境にわたくしの人生は一変してしまったということです。
事の発端は、わたくしが借りた本を返すため公立図書館を訪れたときでした。
ホールに入ると、あまり身なりのよくないこどもが待ち構えていました。そして、いきなりオモチャの銃をわたくしに向け、安っぽい電子音をみずからの口から発しながら撃ってきたのです。一見してそれとわかる《かわいそうな家のこども》でした。
とっさにわたくしはこじきの攻撃を手で防ぎました。するとこじきのこどもはあわてて図書館のなかに退却していきました。館内は閑散としており、銃を乱射するこじきのこどもの声だけが響き渡っています。図書館の司書はあきらめたようにそれをながめています。
閲覧コーナーの一角にさきほどのこどもの父親とおぼしき汚い風体の男が足を広げて座っていました。男はこどもを制止するでもなく、虚空に向かってなにごとか大声でつぶやいています。よく聞くと、「なんという痛ましい田舎町だ」という意味のことを言っているようでした。
男はわたくしの視線に気づくと、急になれなれしい口調でこう話しかけてきました。
「どうも、お嬢さん。うちの愚息がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません。お詫びと言っては何ですが、一杯いかがですか?」
そういうとこじきは、机の上に置いた缶コーヒーと缶ビールの中身を半分ずつ紙コップに注ぎ、わたくしに差し出しました。館内での飲食は禁止のはずですが、こじきはお構いなしでした。無視して立ち去っても良かったのですが、こじきの生態に興味をおぼえたわたくしは、しばらく相手をすることにしました。もちろんこじきを増長させないよう、あくまで無愛想な態度を貫きながら。勧められたきもい飲み物をわたくしが丁重に固辞すると、こじきはうまそうに自分で飲み干すのでした。やがてこじきはわたくしが手にしている本に目をつけ、一方的に話し始めました。
「・・・ほほう、これが例のライフファックというやつですか。要するにアホ向けのハウツー本ですな。どれどれ。なーるほど、《電車の中で片手で本を読む技術》と。いや、別に威張るわけじゃありませんがね、これはわたくしが小学校低学年のときに発明しているんですよ。正直なところ、今さらの感に堪えませんね・・・」
「・・・電車といえば、電車のつかまり棒に無数の指紋がついているのを見ると死にたくなりませんか? わたくしは死にたくなります。空中に拡散し希釈された他人の屁を勢いよく吸い込んだ瞬間のあのへこみ具合にも似た《絶望》、とでも言えばお分かりいただけるでしょうか・・・」
「・・・しかし夏はくさいですね。BBCテレタビイズのベビイサンみたいな凶悪なやつが天空にぎらついていて気分を滅入らせます。やつはものみなを腐らせるつもりのようです。冷たい水の底に沈んだ砂金の夢も、記憶のなかにわずかに残った美しい思い出も、腐ったちくわと河原に打ち上げられたザリガニの腐臭をあわせたような臭いを発しながら、狂ったようなスピードで終末へ向かうのです・・・」
「・・・わたくしのちんこに狂いがなければ、日本は近い将来、確実に崩壊することでしょう。わたくしがこじきに身を窶している理由は実のところそのあたりにあるのです。まあせいぜい未来への希望に満ちたキショイまなざしをむけ、ゆかいなウンコフルライフを思い描くがよいでしょう。もっとも、アホを拡大再生産する痛ましいポンニツ文化がほろんだところで、わたくしのちんこは一ミリも反応しませんがね・・・」
こじきはあくびまじりに話しながら、コーヒーとビールをブレンドした例のきもい飲み物を頻りにわたくしに勧めます。
「そうそう、わたくしのコレクションをお見せしましょうか・・・」
そういうとこじきはまるでマジシャンのようにコートの袖から、次から次へと薄汚い物品をとりだして机の上に並べてみせるのだった。
こじきが陳列したガラクタのすべてを詳述する余裕はないので、《こじき七つ道具》と称する代表的なアイテムを紹介するに留めたい。
・ストロー(上端3分の1あたりが蛇腹になったフレキシブルなやつ)
・空き缶
・輪ゴム
・わりばし
・つまようじ
・ハブラシ
・漫画雑誌
・ハト
「これらは日常のこじき活動に不可欠な、あらゆる場面でマルチに活躍する優れものです」
こじきは誇らしげにひとつひとつを取り上げて陽光にかざし、むちゅうでそれらの用途について講釈を垂れるのでした。ドバトの餌付けに成功していることには正直驚きました。伝書鳩のような通信手段に使うのかもしれません。
「最後にとっておきのものをお見せしましょう」
次の瞬間、こじきは立ち上がり、まとっていたボロをおもむろに脱ぎ始めました。わたくしが身構えたのは言うまでもありません。狼狽するわたくしをよそに、こじきはリズミカルな動作でボロを脱ぎ捨てていきます。わたくしは羞恥心と好奇心の入り混じったキモチで固唾を呑んでその光景を見守りました。
最終的にそこに現れたのは、意外なものでした。きらきらと金属的な光沢を帯びた鎧を装着し、おもちゃの電子銃で完全武装したこじきがそこに立っていたのです。むかし『ロボコップ』という映画がありましたが、ちょうどあのコスチュームを極端に貧乏くさくした感じのものでした。
「どうです、かっこいいでしょう?」まばゆいスーツをまとったこじきは照れくさそうに顔を赧らめた。「じつはこれ、すべて拾った空き缶で作ったものです。アルミ缶を切開して平らに伸ばし、つなぎ合わせました。型抜きから溶接まですべて自分でこなしたんですよ。胸板などにはスチール缶を用いて補強しました。こちらは固いので加工に骨が折れましたけどね」
窓からさしこむ夕陽を浴び、こじきの全身は燃え立つような黄金色に輝いていました。それは、わたくしがこれまでの人生で目にしたなかでもっとも鮮烈な光景でした。
「このスーツはあらゆる危険から身を守ってくれます。こいつさえあれば、世界最終戦争(アルマゲドン)を生き抜くことも不可能ではありません・・・」

それからどこをどうして帰ってきたのか、自分でもよく覚えていません。気がつけばわたくしはアパートの自室で会社あての辞表を書いていました。いま思えば、こじきのこどもに銃撃されたあの瞬間から、わたくしはわたくしでなくなったのかもしれません。ともかく、大急ぎで書いた辞表を勤務先に速達で郵送しました。そしてあるだけの空き缶を近所から集めて、あのこじきスーツを再現しようと奮闘したのです。三日三晩、不眠不休で作業を行い、悪戦苦闘のすえ出来上がったのがいま身に着けているこのスーツです。スーツが完成すると、わたくしは身の回りのものすべてをオークションで売り払い、現金に変えました。携帯電話もクレジットカードも銀行口座もアパートも解約し、必要最低限のものだけをもって住処を公園に定めました。以来、こじきスーツにボロを羽織り、《こじき七つ道具》を忍ばせてゴミをあさるのがわたくしの日課となったのです。始めてみるとこじきの暮らしは意外に快適で、なおかつ刺激に富んでいました。そしてあのこじきの言ったとおり、こじきスーツが何度もわたくしの身を守ってくれました。その後、何度か図書館を訪れましたが、あの親子に出会うことはついにありませんでした。あれはやはりまぼろしだったのでしょうか。
今日もわたくしはゴミをあさりながら思うのです。遠からずわたくしは廃人と成り果てることでしょう。でも、後悔はしていない。いや、むしろこれはわたくしが生まれる前から望んでいたことではないだろうか。そんな風にすら思うのです。
わたくしに言えるのはただ一つ。この世界が滅びようがどうなろうがもはや知ったことではないということ。そして世界最終戦争の果てに生き残るのは、間違いなくわたくしどもこじきであるということ。

次にこじきのこどもに撃たれるのはあなたかもしれない。(了)