ぢゃぱん・う゛ぃでを・でぃすとりびゅーしょん
始めに断っておくが、この間に私が知りえた恐ろしい事実について、このような形で発表することを私は幾度となくためらった。しかし、ついに公表することを決心した。あの秘密を私だけの胸にしまっておくのはとても耐えられそうにないからである。さもなくば遠からず私は発狂してしまうであろう。
ホラー映画ファンが礼賛してやまないという、かの○VD社の本拠地を私はついに突き止めたのだ。そして、ここに○VD潜入極秘ルポをお届けすることにした。以下はその戦慄の記録である。
* * * *
ホームページに記載された住所を訪ねあてると、そこは長屋のような建物が密集している地帯だった。
目的の建物を探して歩く。
意外にあっさり見つかった。長屋の入り口のひとつに「○VD」という手書きの貼り紙がしてあったのだ。
なるほど、5Fというのはタテではなくヨコから見ての話なのだな、と私は納得した。
「ああ・・・」と、五十がらみの男が笑顔で出迎えた。「取材の件ですね」
年齢の割に髪が異様に黒くフサフサしているのが印象的だった。
「写真は勘弁してください」と男は顔を手で隠しながら照れた。
<社長室>と貼り紙された部屋にまず通された。聞けば彼が社長なのだそうである。
コタツのうえにおびただしい数の原稿用紙が散らかっていて、凄まじい推敲の跡がうかがえた。
ちらりと目を走らせると、どうやらDVDジャケットに載せる解説文のようだった。
「ヒッチコックの『サイコ』を思わせるサスペンスタッチのサイコスリラーです。静かな田舎の村で次々に連続殺人事件が起こります。殺人者は身も凍る残虐な方法で犯行を重ね、被害者は断末魔の悲鳴をあげて次々に死んでいきます。果たして犯人は誰なのか?」
何の映画の解説かはわからなかったが、例の名文調が再現されていることに私は感動をおぼえた。
「この映画を<罪>と呼ぶなら、おまえは<共犯者>だ!」
というアノ超絶コピーを生みだしたのも彼に違いない。私は心の底から感服したのであった。
次に案内された部屋では、小学生ぐらいの子供が勉強机に向かってなにか作業をしていた。社長の息子らしい。
「取締役兼専務です」
小学生はMacintoshのパソコンを駆使して、新商品のジャケットをデザインしていた。もう1台のパソコンでは、「地獄の扉」メニューの新しいデザインが完成されつつあった。
「IT方面はぜんぶやってくれるんで、とても助かってますよ」と社長は相好を崩した。
おそらく会社のホームページも彼の設計によるものだろう。私は心のなかでひそかに舌を巻いた。
隣の部屋で、若い女性がテープレコーダーに向かって真剣な顔で何かを吹き込んでいた。
「このビデオ・プログラムを無断で複写・放送・有線放送・営利的上映などに使用する事は法律で禁じられておりまん・・・くそっ、ミスった」
「妻です」社長は嬉しそうに言った。「納得いくまでやるタイプでして。いつもこうなんですよ」
まさか、あれを毎回録り直しているというのか。○VD社の並々ならぬ熱意に私はまたも猛烈に胸を打たれた。
そのあと、奥さんとの馴れ初めを2時間ほど聞かされた。
ようやく○VDの実態が私にもつかめてきた。要するに○VDは家族企業であり、実にこの社長一家三人が経営していたのだ。
「そろそろおいとまを」そう私が告げると社長は名残惜しそうに、「じゃあ最後に」と別室に私を通した。
<倉庫>と貼り紙されたその畳敷きの部屋には、DVDの在庫が山のように積まれていた。「ディー○レッドキャンペーン」の文字が見てとれた。
お土産にと社長は「○ートマーケット/ゾンビ撃滅作戦」「○ートマーケット/人類滅亡の日」のセットを私の手に握らせた。
「いえ、買って持ってますので」と私は丁重にお断りした。
こうして半日に渡る長いニセ取材から私はようやく解放されたのだった。社長は満足そうに玄関で見送ってくれた。
私はひどく混乱した気分で○VD社を後にした。何か取り返しのつかないものを失ったような気もしたが、それが何なのかはわからなった。
それから私は家に帰ってウンコをして寝た。了
※これはフィクションなので実在の団体・人物とは一切関係ありません。