Grand-Guignol K.K.K

The half of this site consists of gentleness. The other half of this site consists of lie. Sorry, this is all shit in the end. Here is MATERIAL EVIDENCE: (^ ^)ノヽξ

頭腐


結婚三年目の彰子は、夫の癖のうちどうしても耐えられないことがあった。食事中にクチャクチャという音をたてることだ。上品な家庭に生まれ育った彰子にとって、それは胸がわるくなるほど不快な行為であった。
どうして私みたいに静かに食べられないのかしら――。
今までなんども注意しようと思ったが、喧嘩になるのを恐れて我慢していたのだ。が、倦怠期を迎えて彰子の神経は限界にたっしていた。
クチャクチャ、クチャクチャ、クチャクチャ・・・。
夫は遠慮なく飯をかきこみ、漬物を噛みちぎり、コロッケをむさぼっていた。
派手に咀嚼し、嚥下する夫の姿を冷ややかに眺めながら、彰子はなるべく穏やかな口調でこう諭した。
「あなた、もうすこし静かにお食事していただけません?」
新聞を読みながら飯をほおばっていた夫は眉をひそめた。そして「ああ」と言って新聞で顔を隠してしまった。
効果があったようだ。彰子は一気に溜飲が下がったような気がした。これであの音からも解放される――。
彰子は晴れ晴れした気分で、食事のあとかたづけにかかろうとした。
ところが、そう思ったのもつかの間、またしてもあの不快な音が始まったのである。
クチャクチャ、グチャグチャ、グチャグチャ・・・。
彰子の怒りが爆発した。わざとだ。わざとやってるんだわ!
新聞紙のかげに隠れている夫に向かって、彰子は金切り声をあげた。
「その音やめてって言ってるでしょ!」
ヒステリックに叫んだ彰子をみて、夫は新聞ごしに怪訝そうな目をむけた。
「なにを言ってるんだ。おれは今なにも食っていないぞ」
夫は脇に置かれた茶碗と箸を目で示しながら言った。「自分の音じゃないのか?」
まさか――と彰子は耳を澄ましてみた。今やグチャグチャという音が明瞭に聞こえていた。
幻覚などではなかった。鼓膜の奥のほうでグチャグチャという音がのたうっていた。
彰子は甲高いさけびごえを発した。
「やめてっ、やめてえっ!」
錯乱したように彰子は頭をふった。ちぎれるほどふった。
ふりまわした頭の、眼窩、耳孔、鼻孔、口腔から、溶けだした脳髄がグチャグチャと音をたてて一斉にあふれでた。