ためしてガッテン〜才田の場合〜
「才田、おはよう」
お調子者の岩本が才田の股間を握り、いつものように才田が「嗚呼、やめてっ」と体をくねらせると、岩本は満足げに自分の席に座った。
転校してきたばかりの才田は、その女性的なルックスと物腰が災いして、下衆な男子の格好の揶揄の対象になっていた。大柄な体躯に似合わぬぽっちゃりした幼い顔立ちはどこかクラスメイトたちの嗜虐心を刺激した。男子校ゆえクラスメイトは全員男である。いつしか才田がオカマであるという噂が自然に立ち、挨拶がわりに才田の尻や股間をさわるのがクラスの一部の間で習慣化していたのだった。
「嗚呼、やめてっ」とどこか熱を帯びた瞳で顔面を紅潮させる才田の姿は、他の同級生の目にも少々異様に映った。「才田=オカマ」という等式が学校中に定着するのに時間はかからなかった。
才田自身もおのれの性向に薄々気づいてはいたものの、やはり心のどこかで否定しているところがあった。しかし、シャワールームや更衣室でほかの男子の裸体に不思議なときめきを覚える自分に、とまどいを隠せないのもまた事実であった。
事件は更衣室で起こった。
生徒たちは体育の授業で火照った体を冷やしながら、あるいは与太を飛ばし、あるいは黙々と着替えを始めていた。かび臭いような饐えたような夏の更衣室の臭気に混じって、若い肉体が発散する青いフェロモンに辺りはむせかえるようだった。
クラス一の秀才で顔も可愛い米田君のひときわ白い裸身を見たとき、才田はハッとした。正確には乳首のあたりにピンときた。なんて綺麗なんだろう。才田は着替える手を止めて、陶然と米田君を見つめた。われ知らず才田の股間は、彼の意志を超越して、一個の生命体でもあるかのようにむくりと首をもたげていた。
何者かの視線を背後に感じ、我に帰った時にはもう遅かった。
「おい、才田が○起してるぞ!」
お調子者の岩本が目ざとく才田の異変を見つけ、大喜びで周囲に報告したのだった。
「こいつ、ヨネちゃんの裸を見て勃ってやがるぜ!」
事実、そのとき才田の一物はもはや弁解の余地がないほど明瞭な鋭角を描いて屹立し、登山隊が宿泊できそうなほど高々とトランクスを持ち上げていた。
「うわ、本当だ。なに考えてんだよ!」
「才田おまえ・・・ガチかよ・・・」
森の嵐のようなどよめきと失笑のなか、事態を遠巻きに眺める米田君の困惑した顔が見えた。才田は羞恥のあまりこのまま消え入りたい気分だった。
クラスメイトが一斉に才田をとりまき、仲間内で密かに流行っていたチューリップの替え歌で囃したてはじめた。
「♪咲いた、咲いた、才田はオカマ〜、オカマ、オカマ、オトコが好きだ〜、どのちんこみても綺麗だな〜♪」
「嗚呼、やめてっ!」
才田は女のような悲鳴をあげてその場にうずくまった。そしてさめざめと泣いた。
しかしそれでも才田の股間の昂ぶりは鎮まらなかった。それどころかさらに硬直の度合いを深めているのは傍目にも明らかだった。
冗談半分だった同級生は一斉に退いた。
「おい、行こうぜ・・・」
「あ、ああ、そうだな・・・ホームルームが始まる、し・・・」
うずくまった才田を残して、生徒たちは気まずそうに教室へぞろぞろとひきあげていった。
ひとりになった更衣室で、床にうずくまったまま才田は自問した。俺はなにをしているのだろう。こんな恥ずかしい格好で、こんな恥ずかしい嗜好をみんなに曝け出して。俺は一体なにをしているんだ。ホモであることがバレた以上、もうまっとうな生活を送ることなどできない。どうすればいいんだ。いや、俺は心の底ではこうなることを望んでいたのかもしれない。なぜならこれが本当の俺だからだ。真実を語るのに、誰に遠慮する必要があるだろうか?恥じることなく、堂々と曝け出せばよい。偽りの仮面を捨てた、本当の俺の姿を。
その瞬間、才田のなかで何かがはじけた。決然とした面持ちで才田は行動を開始した。
完全に目の据わった才田が教室に現れたとき、ホームルームは既に始まっていた。入り口で立っている者の異様な姿に、教室内は一瞬しんと静まり返った。才田の風体は、正気の沙汰とは思えなかった。顔面を絵の具で真っ白に塗りたくっていた。腕や足、胸、腹にはアフリカの土人がするような原色の模様が描かれていた。さらに露出された性器にも南国の鳥のような毳々しいペインティングが施されていた。同じくむきだしになった尻にはネコの顔面が描かれていた(割れ目の部分をうまく利用してあった)。要するに、才田は全裸だった。
「なんだ君は!・・・うわっ、才田」
うろたえる担任を押しのけ、裸の才田は猛然と教室内に進んだ。闖入者の正体が扮装した才田であることに気づき、なにかの冗談だと思って歓声をあげている岩本めがけて才田はまず襲いかかった。教室は騒然となった。
悲鳴をあげて逃げ惑う男子生徒に才田は片端から抱きつき、尻や股間を愛撫して回った。正気を失った才田は意外と力が強く、抵抗する者たちを有無を言わさず羽交い絞めにした。なかんずく米田君に長いことしがみついて離れなかった。
教室を嵐のような狂騒の渦に陥れた後、校長室へ乗り込んだ才田は、校長が通報スイッチを押すのに目もくれず、校長を床に組み敷いてその尻をなでまわし、いとおしげに頬ずりした。これが本当の俺の姿だ。あるがままの自分を受け止めるんだ。これが人生の意味なんだ。
数人がかりで押さえつけられた才田がオルガスムに達したとき、その場にいた誰もが顔をそむけた。
床にねじふせられた才田は満ち足りた微笑を浮かべながら、心のなかで呟いた。
「因果モーホーだな・・・」
そしてみずからの顔面をこぶしで殴り、気絶した。(続く)