今日の童話
108番目のこじき 1ねん1くみ きしべしろー
「わたくそに 命あずけよ 10円で」
一瞬、幻覚でも見ているのかと思った。なにしろ玄関先に大男を連れた汚いババアが突っ立っており、10円硬貨を差し出しながら俳句を詠んだのだから。
「はあ?」おれはわけがわからないという意味の返答をした。
「オマエの命を、10円であずけろと申しておるのじゃ!」
ババアはおれに10円をにぎらせながら言った。
「あのなあバアさん、常識で考えてみろよ。とつぜん目の前に現れた謎のババアの理不尽な要求なんか聞けるわけないだろう?」
おれは反射的に10円をポケットにねじこみながら反論した。
「ふふふ。やはり思ったとおりだ。おまえには相当なこじきの素質があるようだな。いや、100匹に1匹いるかいないかの逸材と言ってもよい。どうだ。わたくそどものもとで働いてみませんか?」
「ははーん、さてはこれが噂に聞く《こじきトラップ》というやつか。さいきん町中のこじきが行方不明になっているという噂が流れていたが、どうやらオマエがその原因だな! とうとう町にこじきが一匹もいなくなったので、こんどは一般人をつかまえようという魂胆だな。どうだ、図星だろう!」
「人聞きの悪いことを言わないでください。わたくそどもの目的は優れたこじきの素質を持つ一般人をスカウトし、一流のこじきを養成することにあるのです。なんじ選ばれしものよ。われらがイタチアザラシ様ことエロビキニ公爵様の夢の王国へご案内しましょう」
おれはババアの部下の大男にむりやり車に乗せられ、目隠しをされてどっかへ連れて行かれた。
人身売買などというものはどこか遠い異国の話だとばかり思っていたが、まさかこの現代の日本で、しかも自分の身に降りかかろうとは。しかし人間の命の値段が10円とは随分安くなったものだ。バナナの叩き売り以下ではないか。習慣とは言え10円に目がくらんだ自分のこじき根性がうらめしかった。
あれこれ考えているうちに目的地に到着したと見え、目隠しをはずされた。
「おおお、なんだこれは!」
そこは巨大な工場のような場所だった。なんともいえない異臭がたちこめるなか、悪夢のような光景が広がっていた。襤褸(ぼろ)をまとった乞食たちがずらりと筵(むしろ)を並べ、一心不乱におじぎをしていたのである。こじきはめいめいヘルメットのようなものをかぶっており、それが後方の機械に連結されていた。どうやら乞食がおじぎをする力を利用して何かを動かしているらしかった。
「この工場では総勢107匹のこじきが昼夜の別なくおじぎをしちえいます。おじぎする力を電気エネルギーに変換し、このシステムそのものを維持しているのです。名づけて108匹こじき自家発電システム。その108匹目に見事選ばれたのがおまえです」
「どうでもいいがおっそろしく効率の悪いシステムだなあ。こじき発電って、要するに人力じゃないか」
「まあそう言うな。こじき発電は石油資源に代わる新しいエネルギーを追求した新時代のシステムなのです。しかもこじきたちはおじぎの回数に応じた配当を受け取ることができます。公平性の観点から言っても実に合理的なシステムです」
よくみると、乞食が頭を下げるたびにめいめいの前におかれた空き缶に硬貨が投入される仕組みになっていた。
「なるほど、完全な従量制というわけか。しかしこれではまるでニワトリ小屋かブロイラー工場のようだ。アウシュビッツ強制収容所さながらの光景ではありませんか!」
「その通り。さすがにわたくそが見込んだだけのことはある。イタチアザラシ様ことエロビキニ公爵様は、ここで現代のアウシュビッツを再現なさろうとしているのです!」
「なにがエロビキニ公爵だ!頭がおかしいんじゃないのか?その公爵様とやらをここに連れてきやがれ。どうせハリボテの人形かなんかだろう!」
「うるさい!黙れこのこじきめ!」ババアは血走った目で叫ぶ。「イタチアザラシ様ことエロビキニ公爵様の崇高な一億総こじき化計画に異義を唱えるのか!こじきの分際で!」
「こじきでけっこうだ。こんなことになったのも、何も知らずにのうのうと暮らし、このような非人道的な行為を見過ごしてきたおれたちにもせきにんがあるのかもしれない。この国のこじき政策のあり方をもういちど見直すべき時期に来ているのではないでしょうか!」
「ええい、口のへらないこじきめ!」
ババアはあごをしゃくって部下の大男に指示をくだした。おれはテキパキと襤褸に着替えさせられ、108番目の筵の上に転がされた。
「ほっほっほっ。もう逃げられまい。観念せよ!」
「ババアよ!おまえはそもそも何者なんだ!」
すると、逆光を浴びたババアのシルエットがこう叫んだ。
「わたくその名はきこうでんビチ子!」
「きこうでんびちこ!どこかで聞いたことがあるぞ。そうか、思い出した。かつて10年におよぶこじき遍歴の軌跡をみずみずしい文体で綴った自叙伝風童話『はれ、ときどきこじき』により一世を風靡しながらもその後AV女優に謎の転身を遂げた、あのきこうでんビチ子か!」
「ビチ子妃殿下とお呼び!」
ビチ子はいつのまにか鞭とろうそくを持って立っていた。
ビチ子が鞭をふるった。股間に激痛が走り、思わずおれは体を折り曲げた。おれの前の空き缶に硬貨が落ちる音が聞こえた。その音を聞いたとたん、おれの中で何かが目覚めたような気がした。脳内を不思議な快楽が満たしていくのを感じた。
あたりをみわたすと、こじきたちは誰もかれもが恍惚の表情をたたえていた。そうか、こいつらもこうして妃殿下の手に・・・。
おれは猛烈な勢いでおじぎを繰り出しながら、残りの人生をこれにかけてみるのも悪くないなと思った。(了)