Grand-Guignol K.K.K

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本格推理童話


オクトパス・マーダー(THE OCTOPUS MURDER) 1ねん1くみ たなかくにえへ

ベーカー街の一角にある下宿屋を訪ねると、赤いドレスに身を包んだ内股の男とタンクトップ姿のヒゲもじゃの中年男が腕を組んで現れた。
女装した内股の男は手にもった器具で何かカシャカシャとしきりに音をたてている。
「彼がホームズだ」ヒゲの男が内股の男を紹介した。
内股の男は手にした器具をせわしなく鳴らしながらわたくしに流し目を送った。
「お目にかかれて光栄です」とわたくしは言った。「お噂はかねがね」
ホームズはイギリスの名門ペパーミント大学(所在地は不明だが)で女装学を専攻し、服装倒錯症(トランスヴェスティズム)に関する研究を行なっていたと聞く。しかし、まさか彼自身が本物のオカマだったとは。
「そしてわたくしがドクターワトソン。公私にわたるホームズのパートナーでもある」
内股とヒゲはしばらく見つめあった。この下宿屋に同居しているという二人の関係を憶測しかけたが、おぞましくなってやめた。
「しかしホームズさん。そんな極端な内股で歩きにくくないですか?」
「これはわたくしの開発した内股健康法でしてね。断じてオカマなどではありません」
ホームズは内股でわたくしを部屋に通し、得意そうに手に持った器具をカシャカシャとやった。
「それはひょっとして《エーカン》ではありませんか」
「その通りです。《みるみる字がウマくなる!》のキャッチコピーで有名な幻のペン字トレーニングマシーン《エーカン》です。そういうあなたこそ、現役のエーカニストですね?」
「どうしてわかったのですか!」
驚いてわたくしが尋ねると、
「エーカニストは手を見れば一目瞭然です」
ホームズはおやゆびに刻まれたたくましいエーカンだこを誇らしげに示した。
席をすすめられ、わたくしたちはテーブルに向かい合って座った。ワトソンがホームズの隣にぴったりと寄り添った。
「では、お話をうかがいましょうか。今日はどのようなご相談ですかな」
「じつは昨夜、わたくしのペットの蛸が何者かに殺害されたのです。キューちゃん、これが蛸の名前ですが、キューちゃんはお風呂にもついてきて一緒に入るほどわたくしになついていました。本当にかわいいやつでした。そのキューちゃんが昨夜、わたくしがうたた寝をしている間に、あろうことか刺身にされていたのです。ご丁寧にツマまで添えて皿に盛り付けられていました。これがその写真です」
わたくしは携帯電話に保存した蛸の死体画像を二人に示した。
美しくスライスされた蛸の刺身が、巨大な菊の花のように皿に盛り付けられていた。
ホームズはいささか物憂げにエーカンをはじく指を止め、食い入るように画像に見入った。
やがてケータイのディスプレイを静かにみずからの股間におしあてた。
わたくしが声をあげようとすると、ドクターワトソンが人差し指を口にあてて無言でいさめた。
ホームズはおもむろに股間から写真を離し、血走った目をカッと開いた。
室内に緊張が奔り、わたくしは息をのんだ。
「最初にいくつか質問をさせていただきます。まず、どうしてあなたはこの画像の蛸がキューちゃんであるとわかったのですか?」
「それは、キューちゃんを飼っていた水槽がカラになっていたことと、盛りつけられた蛸の模様がキューちゃんにそっくりだったからです。キューちゃんが刺身になったと考えるのが自然でしょう」
「なるほど、ですがマダコは皮膚の模様を時々刻々と替える軟体生物。個体の同一性を外見から判別することは容易ではありません。質問を変えます。仮に蛸の刺身の主がキューちゃんだったとします。どうしてあなたはその蛸の死体を写真に収めようと思ったのですか?」
「それは、自分でもわかりません。いま思えば、蛸を失った悲しみのあまり気が動転していたのかもしれません」
「混乱していたにしては、この画像には一切のブレがありませんね。構図も完璧です。一見冷静とも思える行動ですが、まあいいでしょう。では、これが最後の質問です。あなたは殺害されたキューちゃんの遺体をどうなさいましたか?」
「そ、それは・・・」
「食べたのですね?」
「・・・はい、この後、おいしくいただきました。捨てたり埋めたりするにしのびなく、せめてもの供養にと思ったのです」
「なるほど、愛するキューちゃんが刺身にされて気が動転したあなたは、ケータイで冷静に撮影したあと、供養のためその遺体を食べた。まちがいないですね?」
「はい」
「愛するものを殺し、写真に収めるという行為、なおかつその肉を食らうという行為は、犯罪心理学の世界ではさほど珍しい事例ではありません。所有欲を満たすとともに証拠隠滅も図れる」
「待ってください。それではまるでわたくしが・・・」
「そう。犯人はあなたです」ホームズの人差し指はまっすぐにわたくしの顔面に突きつけられていた。「あなたがキューちゃんをさばき、そして自分で食べたのです!!」
「ば、ばかな!」わたくしは思わず立ち上がった。「どうしてこのわたくしが、わが子同然にかわいがっていたキューちゃんを殺さなければならないのですか!」
「その通り。この事件のやっかいな点は動機の不在にあります。さっきから聞いていると、あなたのお話はまるで支離滅裂です。事件発生時、あなたは居眠りをしていたとおっしゃいましたね。あなたは、気が動転していたというよりも、ねぼけていたのではありませんか?」
「たしかに、前後の記憶が欠落しているのは間違いありません。ですが、、、」
「エーカンを続けているのはなぜですか」
「そ、それは」
「字がうまくなりたいというのは建前。じつは突発的に前後不覚に陥るのを防ぐためではないですか?」
「・・・」
「ズバリ、あなたは嗜眠症(ナルコレプシー)と夢中遊行症に悩まされてらっしゃいますね?」
わたくしは急激なめまいにおそわれた。ホームズの声もどこか別の世界から響いてくるようだった。
「ねぼけ殺人・・・」ワトソンが目をまるくした。「だがそうだとしても、どうしても腑に落ちない点がある。ねぼけて調理したにしてはあまりにも整然と盛りつけられたこの刺身。これはどう見てもプロの仕事だ」
「その通りだワトソン。この刺身画像はじつはキューちゃんのものではない。よくみたまえ、ワサビの小袋が添えられている。これはスーパーで買ってきた刺身だ。もっとも、おおかたどこかのグルメ系ブログからパクってきたものじゃないかとにらんでいるがね」
「なるほど、それならツジツマが合う。では、本物のキューちゃんはいったいどこへ?」
「この男がねぼけて殺し、ねぼけて食べたのはおそらく間違いないだろう。そして無意識のうちに自身の罪悪感から逃れるため、あたかも第三者の犯行であるかのように装い、こんな見え透いた芝居を打った」
「うーむ、さすがはホームズ、みごとだ!」
「しょほてきな推理だよ、ワトソンくん!」ホームズはうれしそうにエーカンを異常な速度ではじいた。
「さっそくこの事件についてヤフーニュースのトップに出るようマスコミに情報を流そう。そして投稿されたまぬけなコメントを眺めて悦に入ろうじゃないか!」
「えー。やだよー(笑)」
「だよねー(笑)」
手をたたいて爆笑するホームズとワトソン。
わたくしはふらふらと立ち上がり、拳銃をフトコロからとりだした。
いちゃつく2匹のオカマにひきがねをひく。
床でくるくると回転するエーカンの音を聞きながらわたくしは深い眠りに落ちた。(了)