DOGEZA
おお、恐ろしい。神よ、俺は恐ろしいのだ。なにが恐ろしいかというと、つまりこういうことだ。統計的に言って、これまで俺を本気で怒らせたやつは、遅かれ早かれ大体ろくでもない目に遭っている。平らな道でいきなり転んだり、骨折したり、車に轢かれたり、財布を落としたり、犬のウンコを踏んだり、禿げたり膿んだり、原因不明の皮膚病にかかったり、いぼ痔になったり、なかには肥溜めに落ちたやつまでいる。この分だと、あの日あのときのあのオッサンなどは今ごろ確実に墓石の下だと思う。そしてもっと恐ろしいことに、この「ろくでもないこと」は、俺が知っている範囲の人間にとどまらず、不特定多数の人間にまで伝染しているらしいのだ。世間がバブルだなんだのと浮かれていた頃、屈折しまくったどす暗い青春時代を送っていた俺は世間に対して憎悪の刃を始終研ぎ澄まし、社会という壁に呪詛のウンコをイヤというほど塗りたくっていた。その結果が、このありさまだ。不況、貧困、災害、犯罪、テロリズム、戦争……。世の中は俺の期待に応えてどんどん悪い方向に向かっている。ありとあらゆる世の中の不幸が人々を呑みこみ、地獄の巨大なあぎとへ向けてなだれこんでいるではないか。で、俺はとうとうこういう結論に達した。つまり、たぶん俺には不幸を呼び寄せる特殊能力があって、これらのおぞましい不幸は、すべて俺が望んだ結果、世界中に広まったのだと。「加害妄想」とおっしゃるか。しかしこれは確固たる事実なのだ。俺がみずから収集した統計データに基づいて言っているのだから、まちがいない。昔は他人の不幸を見るにつけ、天罰じゃうけけとか思っていたものだが、あんまりいろんな人が不幸な目に遭うので最近はさすがに怖くなってきたほどである。
誤解しないでいただきたいが、「だから俺を怒らせるな」などと卑怯な主張をするつもりはない。むしろその逆で、謝罪したいのである。いままでろくでもない目に遭われてきた皆さんにお詫びしたいのである。もうこれ以上不幸な人を増やすのはやめにしたい。確かに以前は俺も精神的に荒んでいて年中死ね死ねと心のなかで唱え続けていたが、いまでは更生して一日に10回ぐらいしか思わなくなったし、ましてや他人様に手を上げるなんて、中学2年の夏に松村君をしばいて以来だ。だから、この際きっぱり過去を清算し、新たな一歩を踏み出そうと思うのである。勝手な願いだとは重々承知しているが、せめてこの場を借りて、ろくでもない目に遭わせてしまった皆さんにお詫びすることを許していただきたい。僕のせいで、あなたがそんな風になってしまってすみませんでした。ごめんなさい。みんなみんな僕のしわざなのです。あなたが貧乏なのも、もてないのも冴えないのも、毎日が単調でつまらないのも、思いどおりにならず悶々としているのも、性格が悪く自己中心的で鈍感でドスケベで勘違い野郎でいやらしい偽善者なのも、思いやりがなく傲慢で見栄っ張りで周到で抜け目がなく打算的で狡猾でみっともないぐらい必死なのも、みんなみんな僕のせいです。僕が悪いのです。本当にごめんなさい。ごめんなちゃあい。