マラソンって何がおもしろいの?
またしてもこのような白痴的な問いかけを発することを赦していただきたい。そもそも、愛好者が語る<何か>の魅力と非愛好者が感じる<何故>の間には絶望的な隔たりがあるのであって、そこにあえて無粋な問いかけを介在させること自体無意味を通りこして馬鹿馬鹿しいのではあるが、だからといってそれが完全な無駄というわけではない。なぜならあなたが白痴の一歩手前で踏みとどまっていられるのも私がこうしてあなたの代わりにあえて白痴的言説を垂れ流すからであり、もし私が垂れ流さなければあなたは一生こんな問題を考える機会はないのであって、従って一生それが解決することもないわけだから、むしろおまえたちはおれに感謝するべきであろう。
閑話休題。走る側の快感なら多少わからなくもない。走ってると脳内にいやらしい麻薬物質が滲出して、という例の凡庸な俗説は既に引用され尽くした感もあり、実際誰しもランナーズハイと呼ばれる恍惚状態を一度や二度は経験したことがあるはずだ。しかし問題は他者が何時間もかけて走るという行為を何時間もかけて観つづけるという行為の意味である。たとえば「マラソン中継を口を開けて観ている一家を中継する番組」があったとして、それを見たがる人はいるだろうか。私は見たい。マラソン中継そのものよりもおもしろ荘だからである。無為の精神状態(いわゆるぼーっとしている状態)のうちに、キャメラを通して運動の持続性(無限性)と限界性(有限性)のせめぎあいを口を開けて見守るという行為、そしてそれをさらにキャメラが捕捉するというこのメタ的構造にこそ、マラソンという奇態な風習が飽きられもせず定期的に実施されまた多くの観衆を獲得する理由が象徴されると思うのだ。
見るという行為と見られるという行為、そこには視覚内で展開される現象を超えて、キャメラと被写体の関係にも相似した意識のたわむれがあり、そこに見る側と見られる側との意識の相互投影が発生する。しかしこのキャメラの裏側で結びついた両者のまなざしの先には、なんらの<意味>も保証されてはいない。むしろ費やされた時間と労力に等価な無意味があるだけであり、劇場的興奮のあとはひたすら無為と惰性の痴呆的空間のただなかに放置されるのみである。にもかかわらずそれらが心地よく思われもするのは、いわばこの両者の視線の往復運動がもたらすダイナミズムが我々の意識の深層をくすぐり続けるからであろう。
前述のとおり、マラソン愛好者に対して「なぜ活性酸素を体内に蓄積しながら無理して走ったりするのか」「なぜ中継を録画しておいて早送り再生しないのか」という問いかけをすることは、相撲愛好者に対して「なぜあなたもちゃんこを死ぬほど食って太って髷を結って廻しをつけて裸のデブと抱き合わないのか」という問いを投げかけるのと同じぐらい愚かしいことである。自らが積極的に当該行為を実践する姿を想像するのはおぞましく吐き気を催すにもかかわらず、愛好者は他者により自らの身体の運動行為の代償を実現しているのは言うまでもない。マラソンにおいては、視聴者は設定された限りなく架空に近い目標に向かってランナーとともにひたすら前進し続ける。そのまなざしは傍観者としてランナーの一挙一動を観察することから始まり、徐々に両者の意識と視線をパラレルに共有する方向へと遷移する。そしてこの一連の営為が完遂する瞬間、ランナーと観客の意識と視線とがついに一体化するのであり、まさにその視線が重なった瞬間にこそ、主体と客体の関係性が同時に解体することとなる。これを一般に<フィニッシュ>と呼ぶ。
ここに至って、とあるアナロジーがあからさまに現前してくることにお気づきだろうか。それが何であるかは各位の想像に委ねることにするが、やっぱり言ってしまうと恐らくサディズムとマゾヒズムの倒錯的なアナロジーがここでも適用されるのである。
以上の論考から敷衍すると、次のような推測が導きだされる。根拠についてはめんどうなので省略するが、大体こういう理由で人はマラソンを観るのだと言える。
・走ってる人のしんどそうな顔がかわいい(興奮する)
・走ってる人の抑制されたミニマルかつ規則的な息遣いがかわいい(興奮する)
・走ってる人の腕の振りがかわいい(興奮する)
・走ってる人のむきだしの二の腕がいい(興奮する)
・走ってる人のお尻のあたりがいい(とても興奮する)
・走ってる人の太腿のあたりがいい(短パンのスリットが特に)
・走ってる人の脹脛の張り詰め具合がいい(たまらん)
・走ってる人の足のリズミカルな回転がかわいい(頬擦りしたい)
・走ってる人がだんだん疲れてきてもっとしんどそうになるところがいい(むしろかわいい)
・「抜きつ抜かれつ」のデッドヒート(ハァハァ)
・<フィニッシュ>の瞬間の昂揚感(きもちいい)
・<フィニッシュ>の後の虚脱感(超きもちいい)
私自身がマラソンを好きではないので正直、これらの意味するところはよくわからない。だが、これだけははっきりと断言できる。
「マニアの世界は本当に奥深い。」
【追補】
●こんなマラソンが見てみたいBEST10
1位 着ぐるみマラソン
2位 二人三脚マラソン
3位 ボクシングマラソン(邪魔するやつは殴り倒せ)
4位 ランナーが全員Tバック
5位 ランナーが全員カメラ目線
6位 というかメンチを切っている
7位 おまけになんかブツブツ言ってる
8位 おいおい、まだこっち睨んでるよ
9位 マラソンなんてどこがおもしろいんだろう
10位 知らねーよ