乱れからくり
「乱れからくり」(1979 日 児玉進監督/泡坂妻夫原作)92分
魅力的なジャケットに釣られて借りた。この手のミステリーを観るといつも思うのだが、なぜわたくしが見ず知らずの連中の家系図を作らなければならないのだろうか。納得いかないのでみんなにも登場人物とかを簡単に紹介しよう。
かつくん(松田優作)=主人公
まいこ社長(野際ようこ)
ならづけ警部(田中くにえ)
ぜにやごへー(江戸時代の金持ち)
おおのべんきち=かくじゅ(江戸時代のからくり人形師)
まわりさくぞー=すずききゅーえもん(かくじゅの弟子。かくじゅどう創始者)
まわりほーどー=ねじべえ
まわりてつま(岸田森)=現かくじゅどう社長=依頼人
まわりそーじ(峰岸とおる)
まわりかおり
まわりともひろ(沖雅也)
まわり真棹(篠ひろ子)
横溝サスペンスに代表される登場人物&固有名詞多すぎ系は、要するに容疑者を増やすためのミスディレクションが目的であって、極端な例では坂口安吾の「不連続殺人事件」が総勢30名を超える容疑者の相姦図を書かなければならない。個人的には最後の最後にやっと出てきた乞食が真犯人であった、という話でもいいと思うのだが、それでは推理ものにならないという。なぜなら推理できないからである。まったくミステリーファンは伏線がどうとかうるさくてしょうがないが、定式に従えば月並み、破ればアンフェアというディレンマを超えるのはなかなか難しいのだろう。しかし、こんな感じで見ず知らずの人間が自動的に殺されて、あれは結局こういうことでございました、ほなさいなら、となるのが推理ジャンルのお約束であると同時に弱点でもある。最終的には作者の思惑というか気まぐれに従って恣意的にしか解決されない、種明かしを聞かされた側はうーん、それはそうかもしれないがだからどうしたのだ、と言いたくなる。つまり理屈やからくり、詐術といった仕掛けがダイスキ、あるいは殺人シーンとかグロいものをみるとコーフンする、といった異常性癖者でない限り本質的にどうでもいいことのように思える。わたくしはどちらかと言うと後者なので正直ヒトゴロシのシーン以外は退屈でしたが、からくり人形を見せびらかしながら峰岸とおるがうれしそうに「どうですか?」「どうですか?」と問いかけるギャグが面白すぎた。★